故 白土昌子園長の経歴、人生85年のおいたち

白土昌子(しらどまさこ)、旧姓佐々木昌子(ささきまさこ)
86年前の昭和15年6月1日
雪深い会津の会津坂下町で生まれました。
父親は警察官、母親は専業主婦、女ばかり4人姉妹の長女です。
1歳の時に太平洋戦争が勃発、終戦間際の5歳の時は戦火を逃れるために福島市の山の中のリンゴ農家の親戚に疎開したそうです。
終戦後、また会津に戻り、小学校生活を過ごし
中学の時に父親の転勤でいわき市湯本に引っ越し、
高校は磐城女子高、現在の磐城桜が丘高校に入学。
高校途中で、また父親の転勤で福島市に引っ越し、福島女子高、現在の橘高校に編入。
大学は福島大学教育学部に入学。
部活動は乗馬クラブに入ってオリンピック種目の「馬術」に打ち込んだそうです。
大学時代のアルバイトは「福島競馬場」で馬券売りをしていたそうです。
大学で中学の教員免許を取得。
またまた、父親の転勤でいわき市平に引っ越し
いわき市湯本の中学校の数学教師として赴任。
そこでお坊さんであり英語教師だった夫と出会い
昭和40年、25歳の時に結婚し、中学校を寿退社。
嫁いだ実家、お寺の幼稚園「寿幼稚園」の教員兼園長代理として就職。
昭和41年、26歳で長男を出産。
昭和45年、30歳で次男を出産。
昭和48年、33歳で長女を出産。
我が子を一日中おんぶしながら幼稚園で働いていました。
昭和54年、38歳の時、さくら保育園を設立。
寿幼稚園の園長代理を務めながら、掛け持ちでさくら保育園の園長に就任。

保育園の入園希望者が絶えず年々増加し、園舎の増築増築で対応。
平成12年、60歳の時に、茨城県にいた次男がいわきに戻り、さくら保育園に就職。
園舎の増築を繰り返し、入園受け入れ定員を増加した結果、園庭も保護者駐車場も手狭となり、
「子どもたちをもっと広い園庭で、もっと広いお遊戯室でのびのび遊ばせたい」という強い思いで、
自ら借金をし、自腹でさくら保育園の隣の土地を購入しさくら保育園に寄付。
平成20年、68歳の時に、拡大した敷地に新お遊戯室を建築。
平成29年、75歳の時に、借金をして老朽化した園舎を建て替え。
同時期、東京都にいた長男がいわきに戻り寿幼稚園の副園長として就任したことで、寿幼稚園の園長代理を退任し、さくら保育園に専念。
令和3年、80歳の時に、さくら保育園が福島県でナンバーワンの優良社会福祉施設として選ばれ、天皇陛下から御下賜金を頂戴し、内堀福島県知事から表彰されました。

令和7年3月、さくら保育園創立46年目で卒園生が1,200人を超えました。園長先生一代で1,200人もの園児を送り出したのです。

そして運命の今年、令和8年1月11日の日曜日、
ケガや病気もなく普通に元気でした。当日も自分で車を運転し、スーパーマーケットマルトで食材を買い物し、晩御飯を作り、いつも通りにお風呂に入って・・・そのまま帰らぬ人となってしまいました。
悲しい出来事ですが、今思えば85年の人生、天寿を全うしたと思います。
たくさんの人に慕われ愛され、生涯現役を貫いた園長先生、47年間本当にお疲れ様でした。
園長先生の晩年の肉声、お姿をご覧ください。
「さくら保育園第47回運動会」令和7年9月27日(土)開催
さくら保育園園長歴
昭和54年(1979年)4月1日~令和8年(2026年)1月11日 享年85歳









